病院内における自殺対策マニュアル

  1. はじめに
    病院内ではしばしば自殺事故が生じる。病院内での自殺事故は、重要な医療事故の一つである。本自殺防止対策マニュアルの目的は、自殺に対する基本的な知識や自殺予防の対策の対応を学び、自殺防止対策の体制づくりを行うことにある。
    また当院は地域のがん診療の中核を担う施設として、がん診療連携拠点病院に認定されている。がん診療連携拠点病院の要件のひとつとして、がん患者の自殺対策がある。その点も踏まえ、当院での自殺防止対策に向けた整備を行う。

  2. 自殺予防対策(自殺の1・2・3次予防)
    自殺予防は、1次予防(事前予防)、2次予防(危機対応)、3次予防(事後対応)を基本概念として、自殺対策のための行動計画を立てる。

    第1次予防(事前予防)
    自殺事故は病院内における重大事故の1つであり、普段からの院内の予防対策が重要である。予防対策として、院内の相談体制の整備や院内において自殺が多発する場所の同定、自殺防止に関する知識やアセスメント能力、患者対応などのスタッフ教育などが挙げられる。

    第2次予防(危機対応)
    2次予防とは、既に自殺の危険性が生じている患者に対するアプローチとなる。特に、自殺の危険性が高い患者では、自殺の危険度を評価することが大切である。また、自殺に繋がるサインを示している患者に対する傾聴などによるコミュニケーションによるアプローチや院内外の資源を活用した問題解決に向けたサポートなどの対応が求められる。

    第3次予防(事後対応)
    院内で自殺事故が発生した場合には、心理社会的に混乱している遺族へ適切な接し方を心掛け、遺族が必要としている支援を提供する必要がある。また、担当患者を自殺で失うことは、担当していたスタッフにとっても、PTSDやうつ病を発症したりするなどの大きな影響を与うえる。病院全体で医療スタッフに対して適切な支援を行うことが求められる。

  3. がん患者の自殺対策
    • がん患者の自殺の危険性は一般人口と比較して高く、特にがん診断直後が最も危険性が高い。
    • がん患者全体に対する基本的な自殺対策に加え、①がん診断直後、②進行がん患者、③がんサバイバー(狭義)の 3つの時期各々に対する特異的な自殺対策が必要であると考えられる。
    • がん診断時からうつ状態や苦痛のスクリーニングを定期的に行うことは自殺対策としても必要と考えられ、がん告知直後、がんの進行・再発、身体面などの苦痛の出現時などのタイミングは特に注意をしながら精神症状や苦痛の評価を行う必要であると考えられる。
    • うつ状態や希死・自殺念慮を有するがん患者は自殺の高リスク群と考えられ 多職種によるケースマネジメントを行う必要があると考えられる。
    • ① がん診断直後の自殺対策
      • がん診断後 6ヶ月以内、特にがん診断直後が自殺の危険性のピークであり、 初回入院前や退院直後の時期を中心とした自宅敷地内での自殺が多い。
      • がん診断直後の自殺には、がん告知による急性の精神的ストレスが影響している可能性がある。
      • がん告知を含めた悪い知らせの伝え方などの医療従事者のコミュニケーション・スキルトレーニングやがん診断時からのうつ状態や苦痛のスクリーニング、 がん診断前後からの多職種による支援体制の充実が必要であると考えられる。
    • ② 進行がん患者の自殺対策
      • 進行がん・終末期がん患者の自殺の実態について知見は乏しいが、希死・自殺 念慮が 10-20%程度の患者で報告されている。
      • 進行がん・終末期がん患者の希死・自殺念慮の背景には、多くの場合は掬い取られてない患者ニードや緩和されていない苦痛があることが示唆されており、希死・自殺念慮を表出する患者に対しては、受容と共感、傾聴を基本的態度としながら背景に存在する苦痛について評価を行う必要があると考えられる。
      • 進行がん・終末期がん患者の自殺対策では、うつ状態などの精神症状へのアプローチに加え、痛みなどの身体的苦痛や身体機能低下、実存的苦痛に対する症状 緩和とケアの提供を行う必要があると考えられる。
    • ③ がんサバイバーの自殺対策
      • わが国における実態は明らかになっていないが、海外の調査ではがんサバイバーも自殺の危険性が高いと報告されている。
      • うつ状態や痛み、不良な身体状態などが存在する場合には、特に自殺の危険性に注意する必要があると考えられる。
      • がんサバイバーの支援体制の充実は自殺対策としても重要であり、長期にわたる心理社会的な評価と精神・身体症状に応じたケアや治療、社会的要因に対する支援などが必要であると考えられる。

  4. 自殺企図の可能性がある患者への対応
    • 希死念慮を有する患者の対応として最も重要なことは、背景に存在する苦痛の評価を可能にするための適切なコミュニケーションである。これらのプロセスを経て患者の苦痛に傾聴し、共感的にかかわることが必要である。
    • 自殺リスクのある患者の安全確保
      自殺手段へのアクセスを防止するために、企図手段となり得るものや場所を確認したり、患者を医療者の目の届く範囲へ部屋の配置を変更したりするなど、患者の安全確保に向けた対策を行う。
    • 精神科等へのコンサルテーションを院内のルールに則って、速やかに実施する。
      強い希死念慮を有するなど当院では十分な安全が確保できない場合も存在するため、そういった場合は精神科専門病院など外部の適切な専門医療機関へ円滑に情報提供を行い、継続した支援を行うことが必要である。
    • 医師からの診断結果や病状説明時、及び治療方針の決定時には看護師や公認心理士等が同席し、心理負担を受け止める。特にがん告知時、再発時、積極的治療中から中止時の病状説明時には可能な限り同席するよう調整する。
    • 必要な社会資源の活用
      患者・家族の退院後の生活環境を見据えて、多職種でカンファレンス等を行い、安心して生活できる環境を整えるために、必要な社会資源の活用に向けた調整を行う

  5. 自殺のリスクがある患者への危機対応の流れ
    患者が入院した際に使用されている「苦痛のスクリーニングシート1」をもとに、患者の心理的不安等を確認し、自殺リスクのスクリーニングに活用する。
    ただし中には記載が困難な事例もあり、その際にハイリスク患者を見落としてしまう可能性もある。質問票への記載が困難な患者に対しては、医師・看護師で連携を取りながら、患者からの情報収集をもとにリスク評価を行う必要があるが、その手順等については今後検討を行う。

自殺リスクのある患者に対する対応のフロー図

1.苦痛のスクリーニング
※苦痛のスクリーニングシート1を活用してチェックを行う
16歳以上の自記可能な患者の入院時や、または、外来化学療法オリエンテーション時、あるいは患者の苦痛を適宜把握する際など。

2.メンタルヘルスチェック
{からだの症状}2点以上または{気持ちのつらさ}3点以上の場合ESASを患者に記入してもらう。

3.自殺リスクの評価
患者の訴えや状態を確認して、患者の抱える問題を明確にする。

4.医療チームでの対応の可否の評価
部署内で多職種でのカンファレンスを実施。現在の患者の状態について情報共有を行い、今後の対応や専門医療チームへのコンサルテーションの必要性について検討を行う。

5.精神科・緩和ケアチームへの依頼
専門医療チームへコンサルテーションを行う。

6.モニタリング・再スクリーニングの実施
専門医療チームと連携を取りながら、継続してモニタリングを行う。定期的に再スクリーニングにて再評価を行う。


参考文献 国立がん研究センター 編 がん医療における自殺対策の手引き (2019 年度版)

2024年8月1日施行