乳がん

 早期乳がん(浸潤がん)は、手術に加えて乳がんのタイプや状況に応じて術後の再発リスクをなるべく低下させるために補助薬物療法(抗がん剤、分子標的薬、ホルモン療法など)や放射線治療を行うことがあります。また、進行例(切除不能・術後再発)では薬物療法が治療の主体となります。

 腫瘍内科は早期乳がんの術前・術後の補助薬物療法と進行・再発例の治療を担当しております。乳腺外科、病理診断科、放射線治療科、放射線診断科と定期的に乳がんカンファレンスで情報共有しつつ治療計画をたてています。

 近年乳がんに対する薬物療法は非常に複雑化しており、外科的治療、内科的治療(薬物療法)、放射線治療についてその方法や種類、タイミングについてベストな治療を行うためには十分な専門性と専門医同士の連携が不可欠です。当院では、全国的に非常に少ないがん薬物療法専門医(腫瘍内科医)を中心に乳がん患者さんがベストな薬物療法を受けられる体制を作っています。(ブレストセンターのホームページのリンク作成)
また、乳がんの5-10%は遺伝性であり、近親者に乳がんや卵巣がん罹患者がいるなど要件を満たせば保険診療内で遺伝子(BRCA)検査を行うことも出来ます。陽性だった場合でも、当院には遺伝カウンセラー含め専門家が在籍しており、その後のサポートを行うことが可能です。BRCA遺伝子変異陽性患者様には予防的な対側乳房切除、卵巣切除術が保険適応となっており、当院の乳腺外科、婦人科にて施行可能です。

早期乳がん(術前・術後補助療法)

 手術後に経過観察のみもしくはホルモン療法のみが推奨される方以外は原則、腫瘍内科で薬物療法を行っております。薬物療法の種類は病理診断結果、ホルモン受容体・HER2タンパクの有無、年齢・月経の有無、患者さんの希望に応じて選択されます。

  • ホルモン受容体陽性タイプ
  •  ホルモン受容体陽性タイプの場合は、原則手術を先に行い詳細な病理診断結果、必要に応じて遺伝子診断を組み合わせて、再発リスクと患者さんの治療への考えを総合して最適な治療を提案いたします。遺伝子診断は2023年より実施可能となったオンコタイプDX®という検査を行います。オンコタイプDX®は、がん組織の遺伝子を調べることでホルモン療法に化学療法を加えるべきかの目安を得るためのツールです。腫瘍の大きさやリンパ節転移個数によってはホルモン療法に加えて術後化学療法、アベマシクリブ(ベージニオ®︎)などを組み合わせて治療を行います。化学療法については、TC療法(ドセタキセル+シクロホスファミド)、EC(エピルビシン+シクロホスファミド)療法+ドセタキセル療法、ドースデンスEC療法+ドースデンスパクリタキセル療法(もしくは毎週パクリタキセル療法)を取り入れており、個々の患者様に応じて各治療法を使い分けています。また、BRCA遺伝子変異を有する患者さんの場合、オラパリブ(リムパーザ®)(PARP阻害薬)を化学療法後に使用する場合があります。

     ホルモン受容体陽性であっても、腫瘍のサイズや乳房温存術を目的とする場合など、状況によっては薬物療法を先行して行うことがあります。

 HER2陽性タイプ、トリプルネガティブタイプの場合は、積極的に術前薬物療法を行い、手術検体による病理診断をもとに追加治療や内容を詳しく検討しています。

  • HER2陽性タイプ
  •  腫瘍の大きさが2cm以上の場合には術前に化学療法(通常はEC療法+ドセタキセル療法)+抗HER2薬(トラスツズマブ(ハーセプチン®)、ペルツズマブ(パージェタ®))を投与し、術後病理の結果に応じて、トラスツズマブ±ペルツズマブ療法の継続またはT-DM1(トラスツズマブ・エムタンシン(カドサイラ®)療法を行います。HER2陽性タイプは抗HER2薬が効きやすいタイプであり、術前治療後に手術をするとがんが消失していることも珍しくありません。腫瘍サイズが小さい場合は手術を先に行い、術後に薬物療法を行うことがあります。

  • トリプルネガティブタイプ
  •  腫瘍の大きさが2cm以上の場合には術前化学療法を提案いたします。トリプルネガティブ乳がんは抗がん剤が効きやすいことが知られています。さらに最近では抗がん剤に免疫チェックポイント阻害薬であるペムブロリズマブ(キイトルーダ®)を術前後に追加することでさらに効果が高まることが明らかとなっています。免疫チェックポイント阻害薬は非常に重要な薬剤ですが、ときに免疫関連有害事象と呼ばれる特殊な合併症を起こすことがあります。腫瘍内科ではこれまでに乳がんのみならず多くの種類のがんに対して免疫チェックポイント阻害薬を使用してきた経験から適切な対応が可能になっています。ペムブロリズマブを使用しない治療を行う場合にはドースデンスEC療法+ドースデンスパクリタキセル療法もしくは毎週パクリタキセル療法、EC療法+ドセタキセル療法を行い、術後病理の結果に応じて、カペシタビン(ゼローダ®)の追加、BRCA遺伝子変異を有する場合にはオラパリブ(リムパーザ®)を追加することがあります。

 また、いずれのタイプにおいても再発リスクに応じて患者様によっては化学療法の後に放射線治療適応のなることがあります。当院は放射線治療装置・放射線治療科がございますので、自施設にて補助放射線療法が可能です。

進行・再発乳がん

 ホルモン受容体の有無、HER2タンパクの有無、BRCA遺伝子変異の有無、PD-L1発現の有無(トリプルネガティブタイプに限る)といった腫瘍の特徴と病気の広がりや状況、患者さんの希望を総合して治療を決めています。

使用する主な薬剤
ホルモン療法薬 アロマターゼ阻害薬…レトロゾール(フェマーラ®)
アナストロゾール(アリミデックス®)
エキセメスタン(アロマシン®)など
タモキシフェン(ノルバテックス®)
フルベストラント(フェソロデックス®)
リュープロレリン(リュープリン®)、ゴセレリン(ゾラデックス®)
分子標的薬 CDK4/6阻害薬…パルボシクリブ(イブランス®)、アベマシクリブ(ベージニオ®)
血管新生阻害薬…ベバシズマブ(アバスチン®)
mTOR阻害薬…エベロリムス(アフィニトール®)
PARP阻害薬…オラパリブ(リムパーザ®)、タラパリブ(ターゼナ®)
AKT阻害薬…カピバセルチブ(トルカプ®)
抗TROP-2抗体薬物複合体…サシツズマブ・ゴビテカン(トロデルビ)
ダトポタマブ・デルクステカン(ダトロウェイ®︎)
抗がん剤 アンスラサイクリン系…ドキソルビシン、エピルビシン
タキサン系…パクリタキセル、ドセタキセル、ナブパクリタキセル(アブラキサン®)
フッ化ピリミジン系…S-1、カペシタビン
エリブリン(ハラヴェン®)
ゲムシタビン など
抗HER2薬 トラスツズマブ(ハーセプチン®)、ペルツズマブ(パージェタ®)
トラスツズマブ・エムタンシン(カドサイラ®)
トラスツズマブ・デルクステカン(エンハーツ®)、
ラパチニブ(タイケルブ®)
免疫チェック
ポイント阻害薬
アテゾリズマブ(テセントリク®)
ペムブロリズマブ(キイトルーダ®)
  • ホルモン受容体陽性タイプ
  •  ホルモン療法薬を中心に、CDK4/6阻害薬と呼ばれる分子標的治療薬を併用した治療が標準治療です。ホルモン療法にも数多くの種類があります。ホルモン療法が無効な場合や病状に応じて抗がん剤や分子標的治療薬(ベバシズマブ)などを使用します。HER2陰性の場合でもHER2がわずかに陽性となる場合(HER2低発現)の場合には、トラスツズマブ・デルクステカン(エンハーツ®)と呼ばれるHER2陽性タイプに使用されてきた分子標的薬を使用することができます。2025年3月からはダトポタマブ・デルクステカン(ダトロウェイ®︎)を使用出来るようになりました。

  • HER2陽性タイプ
  •  抗HER2薬+抗がん剤を中心とした治療戦略となり、当院ではトラスツズマブ+ペルツズマブの配合皮下注製剤(フェスゴ®)も採用しており従来使用されていた点滴製剤と比べて薬剤投与時間の短縮が可能です。その他、トラスツズマブ・エムタンシン(カドサイラ®)、トラスツズマブ・デルクステカン(エンハーツ®)、ラパチニブ(タイケルブ®)+カペシタビン療法も行います。特に脳転移を認める患者様に有効とされるツカチニブの登場が予定されています。

  • トリプルネガティブタイプ
  •  治療の中心は抗がん剤で、通院頻度や副作用の種類、なるべく患者さんの希望に沿って選択します。初回治療は抗がん剤が中心です。PD-L1と呼ばれるタンパク質の有無を確認し、PD-L1陽性の場合には抗がん剤に加えてアテゾリズマブ(テセントリク®)、ペムブロリズマブ(キイトルーダ®)の併用を検討します(化学療法+免疫チェックポイント阻害薬)。PD-L1陰性の場合には抗がん剤のみ、もしくは抗がん剤(パクリタキセル)+ベバシズマブ療法が選択肢となります。HER2陰性の場合でもHER2がわずかに陽性となる場合(HER2低発現)の場合には、トラスツズマブ・デルクステカン(エンハーツ®)と呼ばれるHER2陽性タイプに使用されてきた分子標的薬を使用することができます。さらに、2024年11月からはサシツズマブ・ゴビテカン(トロデルビ®︎)が使用出来るようになり治療選択肢が増えました。サシツズマブ・ゴビデカン(トロデルビ®︎)はタンパク質や遺伝子の種類に関わらず使用することが可能です。
     その他、BRCA遺伝子変異のあるHER2陰性乳がんの場合、オラパリブ(リムパーザ®)、タラゾパリブ(ターゼナ®)の適応があります。

 以上のように、乳がん領域では新規薬剤の登場により進行・再発例の治療成績は徐々に改善しつつあり、また、サポート体制の工夫によってほとんどが通院で、家事や仕事を続けながらの継続が可能になりつつあります。当院では新薬の治験や臨床試験に積極的に参加することで標準治療以外の選択肢もなるべく提供できるように努めております。状況に応じて担当医からご提案いたします。